top of page
  • 執筆者の写真Kyohei Hayakawa

My Story 音楽



音楽は私の感性を大きく形成した芸術。

心を歓喜させ、悲しみを癒し、愛の美しさを教えてくれる。

素晴らしい音楽は人間の生み出した偉大な発明である。




自分の音楽遍歴を振り返る。




小さい頃に通っていたピアノ教室。

自分にとってそれは楽しいものではなく、親に行かされた習い事のひとつであった。

ピアノの演奏発表会のことを思い出す。

私は本番でいくつもの音を外してしまった。

それでも自分は何の悔しさも感じず、ただ発表会の後に買ってもらえるおもちゃのことばかり考えていた。

それほどまでに、当時の私は音楽に無関心であった。


ただ、楽しかった記憶もある。

それは作曲であった。

作曲と言ってもごく簡単なもので、四季のそれぞれに自分がイメージするメロディをつくるというものだ。

子供の私は、楽譜を読みながら細かく覚えていく演奏よりも、自由な作曲に楽しさを感じた。

今思えば、それは創作の喜びを教えてくれた大切な体験であった。




バンドブームのあった中学時代。

X JAPAN、GLAY、LUNA SEA、L'Arc〜en〜Cielといったバンドが流行り、その音楽に夢中になった多くの若者たちは楽器をはじめ、バンドを組むようになった。

私もその例にもれず、エレキベースを買って友人とロック・バンドを組んだ。

音楽の大きな喜びを知った私は楽器に情熱を傾け、まさに寝食を忘れ、必死に練習した。


高校に入ってもその情熱は続いた。

軽音楽部に入部すると素晴らしい仲間たちとも出会い、バンドに青春を捧げた。

その頃には皆洋楽のロックを聴くようになり、ビートルズやレッド・ツェッペリンといったクラシック・ロックにも傾倒。

ただ凝り性であった私は演奏の研究のためにと様々な音楽も聴くようになり、R&B、ジャズ、クラシックといったジャンルへの好みも広がっていった。




大学ではジャズのサークルへ入る。

そこは主にジャズを演奏するというだけで、ロックなど他のジャンルのバンドもできる、ラフなサークルであった。

ひたすらに音楽に浸る日々。

休日はお茶の水のディスク・ユニオンやジャニスへ行き、名盤をあさった。

ビル・エヴァンス、マイルス・デイヴィスといったジャズ・ミュージシャン。

ローラ・ニーロ、ジョニ・ミッチェル、ルーファス・ウェインライトといったシンガー・ソングライター。

モーツァルト、ワーグナーなどのクラシックの偉大な作曲家。

彼らの生み出す美しい芸術に傾倒した。


そのサークルではさまざまな世代の仲間たちとも出会い、プロのミュージシャンとも接する機会もあった。

音楽を通じて新しい考え方や人生観を吸収できた、刺激的な時間。


ただ20歳近くになると、音楽演奏への熱は徐々に冷めてしまい、興味の対象は美術や文学へと移ってしまった。

やがて、楽器に触れることもなくなってしまった。




20代半ばで再び楽器を演奏するようになる。

それも三味線。


伝統芸能に興味を持つようになり、当時歌舞伎に心酔していた私は、毎月のように歌舞伎座に通っていた。

ある日劇場でチラシを見つける。

それは歌舞伎演奏家募集というものであった。

後継者の減ってきている歌舞伎界の若手演奏家を育てるために、一般人から希望者を募集して育てるという養成機関の広告。


その頃フリーターをしながら、いまだに人生の目標を見出せていなかった自分。

歌舞伎が好きで、ジャンルは違えど楽器演奏の経験もあるという楽観的理由で、その世界への挑戦を決めた。


私がやっていたのは浄瑠璃(じょうるり)と呼ばれるジャンル。

元々は文楽(ぶんらく)における音楽で、語りと三味線とで物語を描く伝統芸能。

歌舞伎の世界では歌舞伎役者に合わせ、その物語での人物の心情を表現する音楽である。


その養成機関に入った私は浄瑠璃の有名な師匠につき、三味線の修行をはじめた。

未知の世界ではあったが、新しい挑戦をしている自分に喜びも感じていた。

音楽も日本の伝統音楽だけを聴き、深い和の世界へと自分を浸からせた。


結局伝統芸能の世界には上手く馴染めず、プロとして舞台に上がる前に数年でその修行は辞めてしまった。

しかし歌舞伎の世界に少しでも身を置けたことは貴重な体験であった。

有名な歌舞伎役者の方々ともわずかだが触れることもでき、芸の世界の美意識も知ることができた。

そして浄瑠璃という日本的な美しい物語を描く芸術は、現在の私の創作にも大きく影響を与えた。




現在では楽器演奏は趣味で行う程度になってしまった。

だが音楽への愛は常に深く持っている。

そしてその遍歴から、様々なジャンルの美しさを認めることもできる。


あらゆる芸術的表現は流麗につながっている。

今私の創作しているジュエリーも、ひとつの音楽的表現である。

それらは美の調和により、人々を感動させ、幸福を伝えてくれるものである。










bottom of page